転機

宮城県から届いたメール

特養うらやすにて撮影

2016年7月、宮城県庁から1通のメールが届きました。
「石黒浩教授の介護施設での実証研究に協力したいと思っています」

熱意のあるメールでとても嬉しかったのですが…テレノイドは風変わりなロボットです。イメージと違っているかもしれません。「まずは実物を見て、体験し、それから考えませんか?」というご提案をして、宮城県職員の方々に体験してもらいました。

「これは体験しないと良さが理解できませんね!」
「びっくりしました」
「写真より実物の方が断然良い!」

等々、皆さんから驚きの声が挙がりました。

そして、「高齢者の方がどう反応されるか、見てみたい」という意見が出て、9月に宮城県内の5カ所の高齢者施設を訪問することになりました。テレノイドを高齢者の方に使ってもらいました。テレノイドが「こんにちわ」「はじめまして」「抱っこして!」「ありがとう」と呼びかけます。おじいちゃんも、おばあちゃんも「よく来たね!」「いい子だね」と言って笑顔になり抱きしめてくれました。テレノイドも、おばあちゃん達をハグして「ありがとう、嬉しい」と答えます。

でも、全員が喜ぶわけではありません。「私はいらないわ」と言う女性もいました。認知症もなく、若々しい老婦人でした。「私は子育て経験がないから…無理よ」という言葉が聞こえてきました。彼女は小さな子供への接し方が分からなくて戸惑っているのかもしれないなと感じました。私はTelenoidの年齢を変えることにしました。そして、あえて英語で話しかけたのです。

「Hello!Nice to meet you!」

すると、その女性は
「あなた、英語が話せるの?! “Nice to meet you !” すごいわ!」と言って、目を輝かせました。

私はその女性にも楽しい時間を過ごして欲しいと思いました。だからといって私がその女性に直接語り掛けても、知らない人間に対して警戒するだけで逆効果だと思いました。Telenoidを介在させることで実現しました。このようにコミュニケーションロボットは人間の代わりをさせるためのロボットではなく、人間と人間のコミュニケーションを助けるためのサポーターとして活躍していく存在です。

世界初の実用化が決まる

訪問先の1つだった社会福祉法人みずほ特別養護老人ホームうらやす様でデモンストレーションを終えて、コーヒーを飲みながら職員の方々と感想を語り合っていると、理事長が挨拶に来てくださいました。

理事長は報告を聞くと、私にいくつか質問をしました。私の答えを聞くと、理事長は「このロボットを活かすには、職員が高齢者に一生懸命関わる必要がある、ということだね? 気に入った! 導入する」と言いました。

理事長は続けて、こう言いました。

「『高齢者に物を与えておけばよい』という発想は、高齢者をバカにしている。そういう物は私の施設には必要ない。しかし高齢者は時間を持て余しているから、楽しめる物は必要だ。」

私は理事長が施設運営に注ぐ情熱を強く感じました。

村井県知事×石黒教授

宮城県庁主催のウェルカムセレモニー

『特別養護老人ホームうらやす』への導入研修は2016年12月から始めました。2017年2月、宮城県主催のウェルカムセレモニーが行われ、村井県知事、石黒浩教授も出席しました。

こうして、まだ誰も経験していない”アンドロイドと暮らす場所”が宮城県に誕生しました。「アンドロイドとの生活を最初に楽しむ人々は誰なのか?」世界中が注目していました。

テレノイドは認知症向けに開発されたロボットではありません。結果的に、認知症高齢者達が”アンドロイドとの生活を最初に楽しむ人々”になったのです。高齢者達は石黒教授が著名人であることを知りません。テレノイドが著名な研究成果であることも知りません。テレノイドに会うと優しい気持ちになる、ワクワクして楽しい気持ちになるから好きという、純粋な欲求で満たされた場の雰囲気は、同席する人々の心も満たしていきました。