私とTelenoidの出会い

株式会社テレノイドケア CEO 宮崎詩子

2016年3月に株式会社テレノイド計画(当時)から仕事の依頼を受けました。ある施設で行う認知症高齢者とTelenoidの対話実験に同席して欲しいという内容でした。当時の私は依頼の1か月前にあるイベントでTelenoidを知ったばかりで、石黒教授の研究論文を読んだこともない初心者でした。しかし、認知症とのコミュニケーションには経験があり、Telenoidが認知症に役立つだろうなというイメージを描けていました。自分の目で確かめてみたいという気持ちもあり引き受けることにしました。

70代の認知症女性がTelenoidに会う

認知症のリアル

有料老人ホームに入所しているケイコさんは70代の女性です。彼女は約半年前から認知症状が強まっていました。介護スタッフや家族との会話も成立しない状態に悪化していました。私が「こんにちわ」と挨拶してもケイコさんは無関心で返事もありません。ケイコさんの目は虚ろで表情もありません。彼女は夢遊病者のように廊下を行き来しています。

最初の驚き

ところが驚いたことに、ケイコさんはTelenoidを抱いた私には話しかけてきました。

“かわいい…”

彼女は子供が大好きでした。私は”子供を連れた母親”を演じることにしました。そうすることで、楽しくおしゃべりができました。この初日の体験はとても驚きでした。なぜなら女性スタッフ嫌いのケイコさんが私のことを好意的に受け入れてくれたからです。

Telenoidの記憶

翌日、同じ夕方の時間に施設を訪問しました。昨日から22時間経っています。ケイコさんは私のことを覚えているでしょうか?
介護スタッフの説明ではケイコさんには理解力も、記憶力もないはずです。

私は昨日と同じように”こんにちわ”と声をかけました。ケイコさんの反応は “…” 同じように無反応です。私のことは覚えていないようです。

私はその場を離れて、Telenoidのスイッチを入れに行きました。それから、もう一度、Telenoidを抱きかかえてケイコさんに会いに行きました。

ケイコ:あら、来ていたのね!
Telenoid:僕のこと覚えてる?
ケイコ:もちろんよ!

彼女はTelenoidの存在を覚えていました。そして、私たちは昨日よりも活発に子育ての大変さや楽しさを語り合いました。

残されていた能力

子供をあやすために積極的な会話をしたり、表情豊かに語りかけたりする時のケイコさんは優しくて知的です。ケイコさんのお洋服をTelenoidが褒めた時の笑顔は可愛らしい女性の表情でした。

様子を見ていた入居者の女性が絶句するほどの変化でした。

”こんなにしっかりとお話しできる方だったなんて…”

私はケイコさんが立派なお母さんだったことを感じ、素敵な女性だと思うようになりました。Telenoidを通していくつも発見がありました。

  • ケイコさんは時々玄関に行き靴を持ち上げます。これは乱れた靴を整頓してあげようという気遣いです。彼女は外出しようとしてるわけではありませんが、介護職は誤解しています。だからケイコさんが靴に触れることに介護職はナーバスになっていました。
  • Telenoidが歌を歌うとケイコさんの表情は一気に明るくなります。彼女は「上手!上手!」と褒めます。そして、彼女は忘れてしまった歌詞を一生懸命思い出そうとしていました。

別れの予感

4日目になるとケイコさんの様子が変わりました。

それまでは”この子のこと好き?”という質問に好意的な返事をしていたのに”どうせ、居なくなるのでしょう”と言いいます。

ケイコさんは日中、Telenoidがいないことに気付いたのでしょうか。ネガティブな気持ちにさせたことを申し訳なく思う一方で、ケイコさんの認知能力が改善していることを実感しました。

職員の関心

こうしたケイコさんの変化に驚いたのは施設の介護スタッフです。「どんな話をしているのですか?」「なぜあんなに話しができるのですか?」私に質問をしてくださいます。

ケイコさんは子供と話したかったのだと思います。母親同士で子育てや家族の愚痴や自慢等のおしゃべりがしたかったのだと思います。

“Telenoid”と”Telenoidを抱いた女性”が現れたことで、その望みが叶い、ケイコさんにとってワクワクする刺激的な時間になったのでしょう。

“自分の関わり方を見直してみようと思います”

スタッフの方の率直な言葉が心に残りました。

拒絶と愛情

5日目以降は「もう嫌い…帰りなさい」「ここにいたら…だめ」、雰囲気は好意的なのに、言葉では拒絶します。最終日の7日目はさらに強い調子になりました。

私は思わず、本当のことを言ってしまいました。すると、やっぱりという表情になりました。

詩子:ごめんなさい、私達もうここにはいられないの。今日はお別れを言いに来ました。

ケイコ:そうでしょう…だから…

ケイコ:もう嫌い…帰りなさい

でも、私は落胆はしませんでした。なぜなら認知症状特有の不穏な表情や拒否の態度とは違ったからです。虚ろな様子も無く、ケイコさんの意思を感じました。私は「この子のこと、嫌いになったの?好きって言ってくれてたでしょう?」と何度も問いかけました。

ケイコさんは目を閉じて、静かに言いました。

…ふつう…もう行きなさい

認知症ケアの鍵

私は本当に驚き、感動しました。彼女から2つの感情を感じたからです。1つは彼女自身の心が傷つくことを恐れる気持ちです、もう1つはTeleoidの心が傷つくことを恐れる気持ちです。もしもケイコさんが無感情な人間ならば、私達が去ることにも無関心です。彼女の感情は繊細だということが分かります。

Telenoidは認知症の概念を変える可能性の扉を開く鍵なのかも知れない。そんな感想を持ちました。

認知症に対する諦めや固定観念は無意味であることをTelenoidは示したのです。